「がちょうはくちょう」で思い出しました。
いっとき、昔話の語法をガンガンに勉強していた時期があったんですよ。
そのころ、子どもたちにおはなしを語っていると、語りながら語法を見つけてし
まうんです。頭が語法に取りつかれている状態。
だいたい、グリム童話でそこへはまってしまいますね。「蛙の王さま」とか「い
ばら姫」とか。
「がちょうはくちょう」もそうだったんです。ロシアの昔話ですね。
昔あるところにお百姓の夫婦がいました。
・・・昔話は時代場所人物を不特定に語る
両親が町へ出かけることになりました。
・・・昔話では留守中に事件が起こる
マーシャは言いつけをすっかり忘れて
・・・タブーは破られるためにある。すっかりは完全性
(マーシャが出かけると)がちょうはくちょうがやってきて、
・・・時間の一致
(イヴァーヌシカを)背中にのせて飛び去りました
・・・図形的に語る。物理学を無視する。平面性
とまあこんな具合で、ストーリーと語法が並行して頭の中を走っている(笑)
そして、語法が見つかるたびに、つまり語法にぴたっと合っている箇所で、子ど
もたち、ぐっぐっと食いついてくるんですよ。
まあリュィティさんってなんてすごいんだろうと思いましたね。……えらそうに(笑)
え?いまですか?
いまも時々は頭の中に語法が出てきますけどね。
たいていは語りながら「再話」していますね〜
この子らに分からせようという、ばばごころでしょうね。 ヤン
ごぶです
語りながら「再話」するという事は、子どもの表情を見ながら、その時 瞬時に 言葉を選び、変えると言う事ですか?
語りながら再話・・・。
難しいし、私などが・・・と思いますが、
小さい子に語るときには、私も常にそれを考えてます。
「おばちゃんの言うてること、わかるぅ?」
上手く言葉が見つからないことの方が多いですが
瞬時に言い換えることもあります。
その場の聞き手の反応を
「全身の毛穴をすべて開く程、身体全部で感じて集中」(ちょっと他のブログから引用)ですね。
そしてお話のストーリーを前もって知ってるのは語り手だけですから、
感じつつ、その先その先の反応を予想しつつ。
わぁお、大変や。
なるほど!そうですよね!
実は私も、語ってるとどうしても子どもの目が、泳いだり「それってなに?」って聞いていたりするので、ちょいちょいやってました…
でも、私はずっと長い事、
「ストーリーテリングとは、テキストを1字1句覚えて、その通りに語る事」だと思っていたので、これは悪い事だ と思い、こそっと……
これは、
語り と ストーリーテリング の違い?
話者の裁量?
何だか、ストーリーテリング より、語り の方が、おはなしが子どもにぐっと近い気がします…
ストーリーテリング は、本 に近い感じ…
もひとつ、質問。
学校から「読書活動の一環として、ストーリーテリングをお願いします。」と依頼を受けて、おはなし会をしに行くのですが、読書活動の一環だから、子どもを 本 につなげないといけないですよね。そこで、おはなし会の最後に、語ったおはなしの出展本を紹介します。その本も子どもが学校図書館や最寄りの図書館で借りれる、というものが良い訳です。(実際、おばちゃん!あの本借りて全部読んだで!とか言ってくれたりします)
すると、ここのブログにあるおはなしは 出展 本 がない。でも、語りたい…
となると、類話や似た話の載った本を探して何冊か紹介する、とかでいいですよね~?
語り と ストーリーテリング の違い
出展本の扱い
皆さま、ご教授下さい。
まだまだいろいろ考えて
眠れない(いや、寝てる)ごぶジロー
ごぶさん
そんなにいっぺんに……
ヤン
語りながら再話?については、28日(今日ですね)のブログで
ヤンさんがあげておられるので、ここに書くのはどうかとも思ったんですが、
がちょうはくちょうは語りませんし、取りあえずここに書いておきます。
「語りながら再話」といっても、再話っていう程のことはしてないんです。
例えば、何となくわかってないなと思ったときには
主語を入れたり、言葉を足したり、
いけると思ったら、会話文が続くときなどは
『○○が「~」といいました』の主語と『いいました』を抜いて
会話文でどんどんいったり。
その程度のことなんです。
わからない言葉の説明をちらっ入れる事もあります。
そんな感じなんです。
語りながらその場の雰囲気を読み取って即座に対応するって感じでしょうか。
以前のブログにも書きましたが、
これも私にとっては
聞き手からの聞こえる声、聞こえない声に耳を澄ませて、
その聞き手達の「こう語って欲しい」という欲求に応えるっことの一環じゃないかと思っています。
ストーリーテリングと語りのちがいねぇ。
同じ行為を表してるのにね。
私もごぶさまと同じように
「ストーリーテリング」と「語り」を違うものみたいに感じます。
「読書教育の一環」「子どもと本をつなぐ」
よう言われます。
困ったもんです。(と思っています)
低学年では、「昔話を聞く」を国語科ではなく生活科にして欲しいなあ。
ストーリーテリングと語り?
私は何をしているのだろうか……悩
とりあえず辞書を引いてみよう……
国語科のヤン
いやいや、その単語の使い方、使っている人の目指しているものが
両者で、違うように聞こえるってことですよ。
違うもののように、つこてるなってこと。
もう、聞き流してぇなぁ。
世間の速さについていけない私です。
このタイミングで、書き込みって、遅すぎなのかにゃ?
私、国語科めざしてるけど、ちゃんとできないので、
もっと、勉強しなきゃだわ…
わかりやすくイメージしてもらえて、心地よい、きれいな言葉で語りたいです!
ペイレネさん
コメントをありがとうございます!
ぜんっぜん遅くないです。うれしいです。
心地よい、きれいな言葉、そうですね。
語りも芸術。
美しい言葉で語りたいです。
リュティの著作に『昔話 その美学と人間像』岩波書店刊という本があります。めちゃ難しくって私自身本当には理解できてないと思うけど、それでも感動します。
ペイレネって、ギリシャ神話の泉になったペイレネさん?
ヤン
昨日のお話会の気分で思わずそうしてしまったのですが、
いきなり、改名します!
「私が長老になったら、サンダー族一番の気難し屋になってやるわ」
というセリフがママにピッタリ、と娘が名づけてくれました。
それでは、今後とも、よろしくお願いいたします。
こういうの、チャットというのですか?
なんか、はまりそうです😊
サンストームさん
なんとかっこいいお名前で登場~
チャット…かなあ?チャットしたことないのでよくわかりません。確かに、ただのブログのコメントにしては、ちょっと変わってるかも。
あの暗号は、ハートでしょ~?
ヤン
サンドストームです。
記号ってばけちゃうんですね。知らなかった…
ニコニコマークだったのに。。。
のっけから、ハードル高そうな
「昔話 その美学と人間像」ですが、
――図書館で借りてみます!
(ぜったいよみます!)教えていただき、ありがとうございます。
『五』という名前でも良かったかなぁと今思っているサンドストームより
失礼しました。サンドストームさん~
素敵だからもう改名しないでくださいね。わけわからんようなる(笑)
しかも、五なんて、不吉だよん。
ヤン
ち、ち、ちょっとまってください~
「アナンシと五」の魔女って、そんな不吉な魔女だったんですか!
たしかに、ものすごくストレートな、呪いの言葉だけど?
そういえば、数字って、除夜の鐘の108とか、
つきつめると宇宙の原理・法則と合致するとか、
聞いた気がするけど…
ううっ、このままでは、苦手な迷宮に入ってしまいそうです。
では、また、(ハート)
二日にわたって五(笑)
あらあ、また悩ませてしまいました。
わたし、自分が「五」っていうたびにバッタリ倒れて死なないといけない、そんなせわしない、と思ったので、不吉(笑)
でも、数って面白いですよね。
アナンシに出てくる魔女、どうして五なんでしょうね…
この話を伝えている部族では、五が何を意味するんだろう…
これって、何で調べたらいいんだろう…う~ん、民俗学関連ですねぇ
あ、また誰かに、「聞き流してぇなぁ」っていわれそう。
ヤン
ごめんなさい、民俗学ではなくて民族学。
ヤン
誰かって、あたしか…。
ありがとうございます。
魔女に深みが加わった気がします。
これで、心おきなく眠れます。
おやすみなさい。。。